東京高等裁判所 平成10年(ネ)1954号 判決 1999年3月24日
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金二〇六〇万三七〇〇円及び内金九八五万五三〇〇円に対する昭和六三年三月二五日から、内金一〇七四万八四〇〇円に対する平成元年五月一五日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。
4 この判決は仮に執行することができる。
理由
第一 本案前の抗弁について
一 本件の経緯について
当事者間に争いのない事実、《証拠略》を総合すれば、次の事実が認められる。
1 被控訴人(昭和三四年生れ)は、鎌倉市の両親の住所地に住民登録をしているが、高校卒業後渡米し、ワシントンDCの英語学校を卒業して米国の永住権を取得し、昭和六〇年に米国人女性と結婚し、ヘリコプターの教習をする会社を経営していた。被控訴人は、数年に一回程度日本に帰国し、一週間程度鎌倉市の実家に滞在することはあるが、生活の本拠は米国にあり、日本にはない。
2 控訴人の代表者である多田修人(以下「多田」という。)は、かねてから版画の製作・販売を業とする逗子市在住の鈴木英人(以下「鈴木」という。)と知り合いで、同人に会社の年賀状やカレンダー製作を依頼するなどする間柄であった。多田も鈴木もクラシックカーに興味を有しており、多田は会社の宣伝用とするためにポルシェカレラを購入することを考え、鈴木によい車があったら教えてほしいと依頼していたところ、鈴木はかねて被控訴人と知り合いであったことから、昭和六三年二月ころ渡米した折りに被控訴人と会い、控訴人の希望を伝えた。
3 そこで、被控訴人は、米国内で調査したところ、カリフォルニア州にあるロン・キャメロンが経営する会社が本件(1)の自動車を六万八〇〇〇ドルで売り出していることを知り、これを鈴木を通じて控訴人代表者である多田に伝えた。多田は、エンジン番号、シャーシー番号、色、内装等の調査と写真の送付を希望したため、被控訴人が鈴木を通じて調査結果等を送付したところ、多田は鈴木を通じて被控訴人に購入の意思を伝えた。そこで、鈴木が被控訴人に指示を求めたところ、被控訴人は右金額に一万ドルの被控訴人のコミッション(成功報酬)を加えた金額をカリフォルニア州の被控訴人の銀行口座に振り込むよう伝えた。そこで、控訴人は、昭和六三年三月二五日に右口座宛に七万八〇〇〇ドル(当時日本円換算九八五万五三〇〇円)を送金した。
控訴人と被控訴人との間では売買契約書は作成されず口頭の契約であったが、契約内容としては、被控訴人において右自動車を買い付けた上右自動車が製作された当時のエンジン等の部品を調達し、オリジナルに近い形で修復して控訴人に向けて米国で船積みすべきことが予定されていた。
なお、控訴人と被控訴人との間で紛争となった場合の管轄裁判所や準拠法についての合意がされた形跡はない。
4 その後、控訴人は鈴木から本件(2)の自動車についても売り出されていると報告を受け、同様の経過により、控訴人と被控訴人は鈴木を通じて交渉し、控訴人は購入の意思を示し、被控訴人は前回と同様に七万八〇〇〇ドルの送金を指示した。そこで、平成元年五月一五日に、控訴人は前記被控訴人の口座に向けて七万八〇〇〇ドル(当時日本円換算一〇七四万八四〇〇円)を送金した。
5 被控訴人は、控訴人から送金を受けた後、本件各車両の本体は入手したようであるが、本件(1)及び(2)の自動車のエンジン等についてオリジナルに近い形での修復を米国の業者に依頼したものの、米国の業者の言い分では、本件各自動車の修理、修復には特殊の技術を要し、限られた技術者しかこれを行うことができず、その技術者も多忙であるなどの理由から未だ修復はなされておらず、結果として、現在も被控訴人から控訴人に宛てて本件各自動車が米国から船積みして送られることがないままとなっている。
6 控訴人は、平成五年一一月五日、本件自動車(1)及び(2)の引渡し及びこの引渡しが履行不能のときは代償として金五〇〇〇万円を支払うことを求める訴えを横浜地方裁判所に提起した。その後控訴人は、平成六年八月一一日の横浜地裁における第六回口頭弁論期日において、本件各契約を解除する旨の意思表示をし、請求の趣旨を、解除に基づく原状回復として支払済みの代金合計二〇六〇万三七〇〇円の返還とこれに対する年六分の割合による利息、及び民法五四五条三項に基づく損害賠償として二九〇〇万円とこれに対する年六分の割合による遅延損害金を求める請求に変更し、さらに当審において解除に伴う損害賠償請求の部分を取り下げ、請求を減縮した。
二 被告が我が国に住所を有しない場合であっても、我が国と法的関連を有する事件について我が国の国際裁判管轄を肯定すべき場合があることは、否定し得ないところであるが、どのような場合に我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては、国際的に承認された一般的な準則が存在せず、国際的慣習法の成熟も十分ではないため、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。そして、我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである(最高裁判所平成九年一一月一一日判決、民集五一巻一〇号四〇五五頁参照。)。
これを本件についてみるに、本件契約は、東京都に住所をおく控訴人と、アメリカ合衆国カリフォルニア州に居住する被控訴人との間において、本件(1)と(2)の各自動車を目的としていわゆる普通の売買契約が締結されたものと認められる(被控訴人は、本件契約は、控訴人が、米国において自動車の本体やエンジン等を購入する事務とこれに付随する事務を被控訴人に委託したもので、委任と準委任の混合契約であると主張するが、採用できない。)。
そして、被控訴人は、日本に住民票上の住所を有しており、数年に一度は日本に帰国し、被控訴人の住民票上の住所宛に送付された郵便物等は右住所に居住する両親等を通じて被控訴人に届けられ得る状況になっていたことが推認される。また、右契約は逗子市に居住する鈴木を介して成立したものであり、控訴人は本件車両の購入に当たり、車両の確認や購入の意思の連絡を鈴木を通じて被控訴人に対して行っており、本件契約に至る経緯などについては、控訴人代表者や被控訴人の陳述のほか鈴木の証言を求めることが重要である。しかも本件契約の合意に至るまでの経緯を全体としてみれば、本件契約の申込者は控訴人であると認められるから(鈴木を通じての被控訴人からの情報提供を受けて自動車を特定した上控訴人が鈴木を通じてその各購入の希望を伝えたことが契約の申込みに当たり、被控訴人が鈴木を通じて控訴人に代金額を特定してその送金を求めたことが申込みの承諾に当たると解すべきである。)、鈴木が被控訴人の代理人であるか使者であるかにかかわらず、法例七条二項、九条二項の行為地法の原則により準拠法はいずれにせよ日本法となると考えられるところ(被控訴人が具体的な金額を提示してこれを被控訴人の銀行口座に振り込むよう指示したことは単なる代金の支払方法の指定に過ぎない。本件は売買の目的物が被控訴人の下に存在していたものではないから、右指示を契約の申込みとみることは相当ではない。)、控訴人の本訴請求は、本件売買契約の解除に基づく原状回復を原因として支払済みの売買代金相当額の返還を求めるものであり、右の債務の履行を求める訴えが我が国の裁判所に提起されることは、なんら被控訴人の予測の範囲を超えるものとはいえない。これらの諸点を考慮すると、我が国の裁判所において本件訴訟に応訴することを被控訴人に強いることが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反するということはできず、本件については、我が国の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情があるということはできない。そうすると、被控訴人の本案前の抗弁は理由がないというべきである。
第二 本案についての判断
控訴人と被控訴人の間に控訴人主張どおりの本件(1)及び(2)の自動車の売買契約が成立したものと認めるべきことは前示のとおりである。
また、控訴人が被控訴人の口座に、昭和六三年三月二五日、本件(1)の自動車の購入代金として七万八〇〇〇ドル(九八五万五三〇〇円)を支払い、また平成元年五月一五日に同様に本件(2)の自動車の購入代金として七万八〇〇〇ドル(一〇七四万八四〇〇円)を支払ったこと、控訴人が横浜地裁における第六回口頭弁論期日において、本件各契約を解除する旨の意思表示をしたことは、前記一の3ないし6記載のとおりである。そして、本件契約の時期からして被控訴人に履行遅滞があることは明らかであるから、控訴人の解除の意思表示は有効であると認められる。
被控訴人は、本件(1)及び(2)の車両の引き渡しが遅れている原因として、米国の業者であるロン・キャメロンに六万八〇〇〇ドルを支払って、エンジン等につき車両の製造時期に近い形での修理・修復を依頼しているが、車両の特殊性から技術者が限られ、その技術者も多忙等の理由で右修理、修復が完了しない状態が継続していることを主張するが、仮に被控訴人の主張するような事由があったとしても、被控訴人の引渡しの履行遅滞につき被控訴人の責任を免除する理由にならず、控訴人の前記解除の意思表示の有効性を左右するものではない。
なお、控訴人は、合計一五万六〇〇〇ドルの代金相当額の返還を求めるに当たり、送金時の為替レートで換算して日本円二〇六〇万三七〇〇円の支払を求めているが、円建てにしたことについては、本件売買契約の内容、交渉経過に照らして当事者間の意思に反するものとはいえず、被控訴人からも異議は述べられていない。
以上により、控訴人の請求は全部理由がある。
第三 結論
そうすると、控訴人の本訴を却下した原判決は相当でないから、これを取り消し、本件は実体的審理が尽くされており更に弁論をする必要がないと認められるから、民訴法三〇七条ただし書により控訴人の請求を全部認容することとし、訴訟費用につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(平成一〇年一二月二日口頭弁論終結)
(裁判長裁判官 荒井史男 裁判官 大島崇志 裁判官 豊田建夫)